みみうち、ひらめき、思いつき


by Shuko-3
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カテゴリ:望遠郷( 7 )

望遠郷⑦

【仰げば尊し 我が地の恩】
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          今年は全国的に 桜の開花が早く、東京の桜は 3月末に 満開を迎えた。
         見上げる 枝の向こうには、弘前公園の 天守閣を縁取るように 咲き乱れた
         下乗橋からの 桜ベストショットが 浮かぶ。
         
         思えば、25年以上も 弘前の桜を 見ていない。
         桜前線と共に、北上したい衝動に かられる。

          私が関わっている 音楽講座で、先月は 季節の歌として みんなで
         「仰げば尊し」を歌った。
 
         今は 時代に合わないとか、歌詞がわかりにくいとかの 理由で、
         卒業式に歌われることは あまりないと聞く。    

          小学校5年生のとき、卒業式の練習に 在校生として 参加した。
         6年生が歌う アカペラの二部合唱が 美しく、私も早く歌いたいと 思った曲が
         「仰げば尊し」だった。

         3番までの 歌詞の意味を知ったのは、ずいぶん 大人になってからである。

          音楽講座を受講する 高齢者の方々は、
         「『仰げば尊し』を歌ったのは 女学校卒業以来。なつかしい・・・」と言い、
         中には 涙ぐむ人もいた。

         私もしみじみ、これまでお世話になった 何人もの我が師を 思った。
         そして この「望遠郷」のおかげで、我が師と共に 我が地、我がふるさとまで
         思いが及んだ。

          年度の終わりに、何もなくとも 自分の足跡を顧みる このメロディーを
         口ずさむのも いいものだと思う。

          ♪ 仰げば 尊し 我が地の 恩・・・ ♪

          ねぶた囃子にヒントを得て 「ねぶたWAVE」という曲を 作ったのは、
         20年も前のことである。

         当初は ピアノ曲であったが、いろんな表現者たちと 出会い、共に演奏する
         機会を 得た。
 
         笛、太鼓はもちろん、パーカッション、声、三味線、ダンス、タップ・・・
         ねぶたに 別の色が加わっていった。
         ひとりで演奏するのも いいが、やはり コラボレーションの楽しさは
         格別である。

         さらに 掛け声が加わり 会場全体を巻き込むと、WAVE(波)となる。
         我が地がくれた 宝だと 思っている。

          私が主に活動している「パフォーマンス楽団・結(ゆい)」は 最近、
         とみに 青森色が濃くなった。

         笛、太鼓担当の真理は 江戸っ子だが、私よりも ねぶたに近い生活をしている。

         地元・品川に ねぶた囃子を楽しむ会があるそうで、そこへ毎週 参加し
         青森直送の 節回しや ハネト魂を 学んでいる。
         私のほうが 教えられる。 ただ、津軽弁が わからないと・・・。

          望遠郷も 最終回となり、思い返せば やや〝よげしゃべり〟だったかと
         顔を 赤らめる。

         それは、足元から上がってきて 頭上に抜けた 桜前線が、
         頬を 通過したせいと しよう。

          この機会をくださった すべての方々に 感謝いたします。
         お読みくださったみなさま、ありがとうございました。
     
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                                 2015、4、21掲載

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by Shuko-3 | 2015-05-07 23:58 | 望遠郷 | Comments(0)

望遠郷⑥

【日々是津軽】

         わが家は、表通りから少し奥まった 住宅街にある。
        ひそかに「灯油銀座」と 呼ばれているらしく、この時期、日替わりで
        灯油販売の 軽トラックが やってくるので、灯油調達には 事欠かない。

         今期から 月曜日にやってくる業者の 販売員が、津軽出身の男性になった。
        言葉の 端々からこぼれる 懐かしいイントネーションにつられ、二言三言
        つい言葉を かける。
          
         「いや~、忙しぐなればなまってまるんず」
        屈託なく笑う販売員に こちらも和み、まるで灯油が 津軽から届けられた
        かのように うれしくなる。

        忙しさと なまる度合いは 正比例するのか、いささか疑問ではあるが、
        ともかく灯油は 月曜日に買うことにしている。

        期間限定の ひそかな楽しみ。 来期も 配達してほしいものだ。

                        ◇

         私は 「1000円カット」愛用者である。
        長いこと じっと座っている美容院は 苦手。
        願わくは、安く 短時間で済ませたい。それに 技術が伴えば、言うことない。

        気に入った カット店を探して、ネットサーフィンでも するかのように、
        地元だったり 地方だったり、タイミングが 合った時に 点々と
        1000円カットの 店を 放浪してきた。

         あるとき、わが家の近くに 新しい店ができ、カットがうまいと 
        仲間内で 話題になった。
        さっそく 行ってみる。

        なるほど、これまでになく 大満足だ。
        何度か通ううち、オーナーの男性が 津軽出身だと 知る。
        しかも、あそこの公演、近所の神社・・・と、故郷の 狭い話が 通じるのだ。
        安く 短時間、腕も確かとそろった上、津軽が 付いてくる。

        それから 私は、放浪をやめた。

         そんなことがあると、故郷が平等にくれる 引力を しみじみ感じる。
        無条件に 相手を 応援したくなる。

         長く津軽を離れていると、「もう津軽弁なんて 忘れてしまったでしょう?」と
        言われるが、とんでもない。
        私の頭は 絶えず 津軽弁で思考し、口元にある 標準語変換装置を 通過して、
        言葉が 発せられる。

        この装置のおかげか、スイッチを 入れたり切ったりするように、2カ国語(?)の
        行ったり来たりが 可能だ。 

         その中でも、私に ゆるやかなパワーをくれる 言葉がある。
        「うるがす」、そう、固くなった 鏡餅を おいしく食べるため、水に浸けておく
        場面を 思い出させるこの単語。

        アイデアに 詰まったとき、ふと心に つぶやく。
        放っておくものの、どこか 気に掛けている。
        決して 突き放すわけではなく、上手に 待つ体勢を作ってくれる 
                                    暖かみのある津軽弁。

        もちろん「うるがし」ている間は、アイデアを キャッチする アンテナは
        立てておかなくては ならない。

         ん・・・? 来たかも!
       
        ずっと前の 鏡餅が、「うるげだ」みたいだぞ。
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 「うるがす」をイメージさせる風景
(沖縄県宮古島市の 与那覇前浜ビーチ 2014年8月)
 
               3/3 掲載

(余談:うるがさっているのは 娘)

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by Shuko-3 | 2015-03-16 00:09 | 望遠郷 | Comments(0)

望遠郷⑤

【見えない力】
  拝啓 津軽さま

    この冬は、早くからドカ雪に見舞われ、人々の暮らしも大変なことでしょう。
   日々 北の天気予報を気にしながら、過ごしています。

    前回は、2014年 秋に行ったニューヨークの旅を 報告いたしましたが、
   まだ 報告が足りない出来事がありましたので、もう少し お耳を貸してください。
   私にはどうしても 〝津軽ぢから〟というものが あるように思えて ならないのです。

    旅から帰って1ヶ月余り過ぎたころ、津軽の友人から届いた手紙に 私は
   めまいがするほど 驚かされました。
   こんなことって あるのでしょうか?

    それは ある日の、JR五能線での出来事でした。
   陸奥鶴田から乗った友人が、川部までの 5駅の間に、たまたま同じボックス席に
   座った 50代くらいの女性と 言葉を交わしたのです。
   女性は、アメリカの カリフォルニア在住の 津軽人。
   諸用で 故郷に帰ってきたところでした。
   女性のご主人は アメリカ人ミュージシャン。
   そんな 他愛のない会話を していました。

    話の流れで、女性が こんなことを話し始めたのです。
   10月にご主人が仕事で ニューヨークに行った際、地下鉄で
   おもしろいパフォーマンスを見た、と言うのです。

    ニューヨークでは 地下鉄の駅や 通路、公園、広場などで、さまざまな
   パフォーマンスが見られますからね。
   もちろん私たちも、いつでも どこでもできる準備はしていて、チャンスと感じたら
   ここぞとばかり 音楽パフォーマンスをして歩きました。 

    友人が もっと詳しく話を聞いていくと、その〝おもしろいパフォーマンス〟とは
   どうやら 玉すだれ、歌、ダンスをした 私たちのことだと 判明したのです。

    えっ・・・ 思わず、絶句でした。
   まるで 童話の中で、伝書鳩が 伝言を運んで来てくれたかのようです。

    私たちが行ったニューヨークに、たまたま カリフォルニアの人が来ていて、
   たまたま見た 私たちのパフォーマンスを 帰宅して奥さんに話し、
   奥さんが津軽に 里帰りして、たまたま五能線で乗り合わせて、 
   この一件をはなした相手が 私の友人だった・・・

    もう、鳥肌が立ちました。
   めくるめく「たまたま」の オンパレード、究極の 偶然の連鎖です。
   とてつもない驚きと 共に、ゆるぎない 応援を感じました。
   思わず 天を見上げましたよ。

    私にはどうしても 不思議な〝津軽ぢから〟が働いているように思えて 
   しかたないのです。
   それから私は 決心しました。
   やれるときに やりたいことをやる、やり続けると。

    どうぞ 津軽の冬が 穏やかでありますように。
   最後に、ニューヨークで撮った とっておきの写真を 同封いたします。

                           Sincerely Yours, Shuko
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                           (1/13 掲載)

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by Shuko-3 | 2015-01-22 23:12 | 望遠郷 | Comments(4)

望遠郷④

【道しるべ】
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 津軽に生まれ育った人なら 少なからず子どもの頃「もつけ(お調子者)!」と言われた
経験があるのではないだろうか?

私はとても おとなしい子どもであったが、思考回路はかなり「もつけ」だったと思っている。

 私が関わっている いろんな音楽活動の中で、とても驚かれるのが
「パフォーマンスピアノ連弾」である。

他に お目にかかったことはなく、このネーミングも 独自のもの。

 連弾とは、1台のピアノを2人で弾くのだが、これに動きを加えてみた。
つまり、弾くと動くを 同時にやるということ。
ちょうど ラジオ体操をしながら ピアノを弾く、と言ったら イメージしやすいかと思う。
1人ではできない。

 お客さまがハッピーになってくれるよう、笑いのエッセンスを 加味。
相棒は 徳島・阿波の風土に育った ぱららんみっちゃん。
私が学んできた クラシックを「遊歩道」とするなら、これは「遊園地」だろうか。

 思えば子どもの頃、いたずらでやっていたことを、具現化しただけのことかもしれない。
もつけ精神が、表面に出たのだと思う。

 この秋、3度目のニューヨークを旅した。
街はファッションから音楽から、熱気とエネルギーに 満ちあふれ、
               道行く人たちも、さまざまに自分を 表現していた。
この場所に心ひかれるのは、津軽と同じ緯度ということもあるのだろうが、
               なによりも 奇想天外なアイディアの宝庫だと 思うからだ。
もつけ心を くすぐられるのだ。

同行の仲間6人と歩く道々、私たちも精一杯の自己アピールをした。
具体的には、仲間の1人が作る 独創的なニット帽を、
                        鮮やかな色彩の色違いで かぶってみた。
それには 多くのニューヨーカーが 「Nice Hats!(いい帽子だね!)」
さらには 「Beautiful Power Hats!(力が湧くきれいな帽子)」と 声をかけてくれ、
それが きっかけとなり、歌ったり 手を取り合ったり、一期一会の交流が 生まれた。

旅は そんな毎日の連続。 1人では味わえない、同じ仲間と行く醍醐味であった。

 結成10年目を迎えた 私とぱららんみっちゃんによる「パフォーマンス連弾・しゅみぃず」。
人と人との出会いがつながり、ニューヨークは、マンハッタンの、 とあるレストランで
演奏できたことは 感無量で、言葉も文化も違う方々に 楽しんでいただけたことは
                               大きな 励みとなった。

 新しいことにアクセスする ヒントをくれ、より多くの鍵を ひめている もつけは
津軽への感謝と 愛を込めて 「mote to key」(モア トゥー キー = もつけ)と
                                  変換してみたい。

 還暦も近くなり、子どもの頃に 訳もなく好んでやっていたことを 再び やりたくなると
感じるのは、ぐるっと 年が巡り 円(縁)を 描いたからだと 実感する。

                             11/16 掲載

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by Shuko-3 | 2014-12-25 23:54 | 望遠郷 | Comments(0)

望遠郷③

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【縁は異なもの虹なもの】

 今夏も、パフォーマンス楽団・結(ゆい)の津軽ツアーが終わった。
天候に恵まれ、人に助けられた密度の濃い時間であった。
それは予定外のライブも含め8日間、12カ所での演奏となった。

 その中の2公演は、ひょんなことから去年知り合った津軽の笛奏者・佐藤ぶん太、さんも参加してくださり、ぐっと厚みが増した。

 お客さまからは「来年もまた来てね」のありがたい言葉をいただき、私たちの予想をはるかに超えて年々規模は拡大。結としては4度目の津軽だった。

 郷土料理や自然を堪能し、人情に包まれ、活力をいただいたのは無論のこと。

 ひとつ、思うことがある。
それは、もしかしたら津軽の隠れた名物は「虹」なのではないか? ということ。
毎年このツアーでは、用意されていたかのごとく虹が出るのだ。

二重だったり逆さだったり、今回も6日目と7日目に、だんだん色濃くなる大きな虹に出合った。
下から湧き上がる、太い柱のようなのもあった。

私たちはしばし、空を見上げながら子どものようにはしゃぎ、今年も見られたと喜んだ。

 お客さまも私たちも、みんなが虹を見たときの気持ちになれるように・・・
これはパフォーマンスをするときの願いである。

 図らずも結メンバーは6人。
七色に一色満たないのは、そこにお客さまでも風土でも、出合う何かが加わって完成となる虹の図である。

 これは、ライブの内容や日常にも通じる。
キチンとすみずみまで決めないこと。
呼吸ができるよう余白をもたせ、〝虹の七色目〟に何がはまってくれるのかをワクワク待つ。

すると思いがけない、うれしい流れがやってきたりする。

ツアーはそんなことの縮図だった。

 昔、母方の祖父がよく私に言っていたことを思い出す。
「毎日の生活が芸術なのだよ」と。

 商人だった祖父の意外な言葉は、当時高校生だった私には、すとんと入ってこなかった。
それよりも楽譜とにらめっこ、譜読みをしなくちゃ、と考える日常だった。

 時がたつにつれ、祖父の伝えたかった真意が、おぼろげながらでも感じられるようになってきたと思う。
「芸術」と書くと高みを見上げる感じだが、「表現」と言い換えると、ぐっと身近になる。

そして「毎日の生活」を「七色目」と換えてみると、私なりにしっくりくる図式が出来上がった。

 津軽で見た虹はさまざまな思いを運んで来て、私の気持ちを新たにしてくれた。

                             9/23 掲載




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by Shuko-3 | 2014-09-27 23:08 | 望遠郷 | Comments(0)

望遠郷②

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【ペアカード】

 年を重ねることは、かつて出合った出来事に何かしらの答えがふらりとやってきて、神経衰弱のペアカードを見つけるように、合点がいくことなのかもしれない。

 高校に入学し初めて大海を知った私は、自分の船の舵取りに、必死の毎日を送っていた、
東京に出てみれば、私のピアノは大海を進むどころか、浮かぶことすらおぼつかない。
初歩的なことから洗い直した。

 ありがたいことに寮生活は、空き時間をすべて練習に当てることができた。

当然長い休みには津軽に帰ったが、私の恩師は冗談交じりに
「せっかくここまで身についたのに、ピアノがなまるなぁ・・・」
と、帰省にあまり賛成ではなかった

 大学生活も半ばになった頃、私は楽譜を忠実に表現することが窮屈になっていた。
ピアノを弾くことより聴音や和声、編曲のほうが性に合っていた。
だんだん好きなこととやるべきことが、かけ離れていくような気がしていた。

 この経験はピアノを教えるのに、とても役立っている。
ピアノを習うとひと口に言っても、生徒さんは必ずしも弾く事が得意とは限らない。
曲を作るのが好きかもしれない、伴奏付けが上手かもしれない。

一人一人の特性を見つけて、そこからアプローチしたいと思う。

 数年前のライブ活動中、初めて和太鼓とピアノを合わせた。
音階のない和太鼓は、墨絵の世界のよう。

「ジョナリ」という太鼓曲にピアノでメロディをのせて、新曲「じょっぱり」にしようと試みた。
お山参詣で用いられる桶太鼓とのコラボは、ベストの組み合わせ。

 しかし、桶太鼓の細かい刻みとピアノが合わない。

試行錯誤していたところ、意外なアドバイスをくれた人がいた。
「修子ちゃん、なまって弾けばいいんじゃない?」

 ピアノをなまって弾く!?

これは若い頃に言われた禁止事項ではないか。
しかし今は自由だ。

桶太鼓がもったりしたリズムに変わった。

 実際「なまって弾く」とはこういうこと、と明言できる方法はあるはずもなく、強いて言えば津軽を思い浮かべ、津軽弁のリズムを感じつつ音を乗せてみるしかない。
しかしそれは、難なくピタリと合った。

もつれた糸がほどけたようだ。

ちなみに桶太鼓は弘前産、塩谷太鼓店のもの。
桶太鼓だって、なまるのはうれしいに違いない。

かくして「じょっぱり」は完成を見た。

 2011年秋、弘前文化センターにて「和菓子で描く津軽の四季」というコンサートがあった。

フリーライター清水典子氏の文章に作曲科小山内たけとも氏(藤崎町出身)の曲、フリーアナウンサー若山多香子氏(同)の朗読で構成され、私は小山内氏の曲を編曲・ピアノ演奏という形でかかわらせてもらった。

「編曲」で津軽に恩返しできたのは感謝である。

                      7/29 掲載   挿絵は髙橋憲悦氏(青森市) 

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by Shuko-3 | 2014-09-15 12:04 | 望遠郷 | Comments(4)

望遠郷①

ふるさと 青森県の 新聞に ご縁があって
1年間で 7回の エッセイを 書くことになった
首都圏に 暮らす 青森県人 7人による リレーエッセイ
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記録として ブログに アップしてみる
ドキドキものだ
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【つなぐ、つながる】
 今すぐ隣のあなたを笑顔にしたい。
被災地へ行って手伝うことはかなわなくても、今ここでできることをしたい。

そう思い立ち、個々に活動していた、気持ちを同じくする表現者が集まり、「パフォーマンス楽団・結(ゆい)」を結成したのは、3・11の震災後すぐのことだった。

大道話芸、玉すだれ、笛、太鼓、オペラ、オリジナルソング、ピアノなどを受け持つ、女性6人のユニットである。

 これまで味わったことのない不安で、どうしたらいいか分からない状況になった時、ふと手を取り合ってみると、一滴のかすかな希望を見い出すことがある。

それを紡ぐように結は震災があった年、首都圏の高齢者施設や児童施設50カ所ほどで、「元気をおくろう、しづく一滴コンサート」をすることができた。

予定されていたライブはことごとくキャンセルになり、自宅待機せざるを得なかった中で、私たちができることは、日常の合間に少しでも一体感のあるホッとする時間を届けることだった。

 また同年結は、初の津軽ツアーも敢行した。
岩手も含め、3カ所でライブ。その帰りのことだった。

車で南下し、最終日の宿を亡き父の出身地「田の尻」に似ているところから、宮城県大崎市田尻に取った。

宿に着くなり、メンバーのエンジェルくみ(歌・パフォーマンス担当)が叫んだ。
「私、ここに来たことある!」 来たことあるって? どういうことだろう?

宿の隣にあるテント村、それはエンジェルくみの友人の若者たちが精力的に活動している、東日本大震災支援ボランティアのテント村だった。
それで彼女は一度訪れていたのだった。

 予想すらしなかった再会に彼女は喜び、私たちはツアーでライブのお礼としていただいた米や飲料など、彼らに差し上げた。

ピピッと感じたことを何も考えずに行動に移すと、思いがけないおまけが付いてくることが多々ある。
テント村でもエールを送る即席ライブをやらせてもらったのは、言うまでもない。

 仲間と共に津軽を訪れると、慣れ親しんだ故郷を旅人の目で見ることができる。
素通りしてしまうような情景が、まるで今知ったことのように輝き出す。

 ツアーも3年続き、ライブ場所も年々増え、仲間は津軽を「わがふるさと」と言ってくれる。
また私の実家に立ち寄る時には、「ただいま~!」と言ってくれる。
私はうれしく、ちょっぴり鼻が高くなる。

いえ、お互いさま、津軽をピカピカに見せてくれるこの循環は、黄金のメビウスの輪のようだ。

 現在結は単独ライブをする他、東京都豊島区の区民向け歌の講座、都内イベントなどで演奏する機会を与えてもらっている。

 自分の得意なことを一つ持ち寄れば、それが仲間とのかけ算になり、大きな喜びが生まれる。

ワクワクを羅針盤に、結という船は「隣のあなた」の笑顔も乗せ、長い旅の途中。
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                              6/10 掲載

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by Shuko-3 | 2014-09-13 02:12 | 望遠郷 | Comments(2)